くろつしろう とは?

    30年前に「ただ漠然とゲーム業界で働きたい!」
「ゲーム作りの仕事がしたい!」と
少年時代の心に決めてから、ゲームは遊びながら、楽しみながら、作り手としての道を模索し、運命の奔流にもまれながらたどり着いたのがWEBやインターネット配信を通じてゲームを供給するデベロッパーとしてでした。またマルチメディアクリエイティブプロデューサー・ディレクターとしても原作シナリオを執筆しつつ、編集にも加わり、2016年の秋ごろにオーディオブックをリリースしました。

~くろつしろうの由来は~
本名の下の名前をローマ字で書いて、何回か同じ韻を踏むと「くろつしろう」にたどり着きます。
かってに師匠と仰いでいる「堀井雄二」さんと同じ音数で、覚えやすいものということで、このペンネームを 使っています。

~あなたにとってゲームとは?~
10歳で母親を亡くし、寂しさを紛らわすためにゲームを与えられたので、現実の友達とつながるときにゲームはいつもそばにありました。

ストレス解消でゲームをプレイする人もいますが、ゲームプレイもプログラムも試行と錯誤を繰り返して真意にたどり着くことから、頭の体操的な意味で考えています。

日々のストレス解消のためのゲームよりも、「心に残る物語を」「楽しみの宝物が自分の手からなくならない限り、楽しめるゲームを」というものが作れたら制作者として幸せかなと思いながら制作しています。

個人で運営管理・制作・著作をしておりますので、いちだいエンターテイメントのような巨大な創作物は現在では難しいですが、そのうちひょっこりと任天堂さんのゲームハードでソフトを供給できるかもしれません。

ゲームウォッチで育ちつつ、ファミリーコンピュータは一番最初が親戚のおさがりで、スーパーファミコン時代にはそのころ生活が苦しいのにも関わらず、父親にスーパーファミコンをねだり、買い与えてもらってから、ゲーム制作者になるのが思春期の少年の夢でした。

nintendo64時代は社会に出ていたので、出稼ぎ労働者として稼いだお金とパチンコ(昔は台選びで勝てるときがありました。パチスロも)の景品で並んでいた、名古屋のパチンコ屋さんで手に入れた64を持ち帰って、スーパーマリオ64をプレイしたことは、今でも記憶に残っています。
その後、PlayStationとSEGA Saturnもプレイしました。生粋の任天堂信者でなくなりましたが、プレイステーションではファイナルファンタジーVII、セガサターンではナイツ、バーチャファイター、サクラ大戦もプレイしています。
18歳以上ということもあり、キャンキャンバニーエクストラプルミエールというゲームでも遊びました。

くろつしろうも一応男なので。 30年以上の時間がたち、ゲームハードもグラフィック性能やオーディオ面での格段の進化を遂げて、いまや映画というジャンルに取り上げられるまでの巨大なコンテンツとなりました。

作者は山あり谷ありの道を歩んでいますが「自分にできることを精いっぱいやるだけ」と考えながら制作活動をしております。

結びに、このコンテンツをご覧くださったみなさま
今後とも「くろつしろうプロジェクト」をよろしくお願いいたします。

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